かつて、プロ野球の世界に”野村再生工場”なるもの(そうした言われ方)があったと記憶しているが、現在のスタジオの配線を弄ることなく、別のやり方で音楽を制作することは出来ないものか?と考えた結果、使わなくなった機材をもう1度使ってみるのはどうだろう?という至極当然なことを思いついたのであります。
すなわち”関口再生工場”であります。
まあ、実際のところ、それぞれの機材の規格というものもありまして、いわゆるマシンライブみたいなことをやるには些か問題もあったりするのですが、それらの機材を使って、なんか新しい発想の源となる様な”小さな場”が造れないものかと。正確には”小さな場”と言うよりも”一角”ですな。
一時期流行ったベッドルーム・テクノよろしく、ベッドルームの片隅にでもそうした”一角”を造ろうかとも思ったのですが、それにしては意外に場所を取る。
さて、どうしたものか・・・
まあ、その辺りは今後の推移を見守る(と、他人事の様に言っているが、自分でやるから”見守って”なんていられない)として、最近気付いたことについて一つ。
気付いたと言うか、これはもはやある種の”悟り”ですな。
それは ”すでにある” ということではないかと思うのです。
それは、今回の様に”使っていない機材がすでにあった”という話ではなく(まあ、それもそういう話だったりするのだが)、何かをしようと思った時に、その答えは”すでに目の前にある”という意味です。
人間の目というものは外側に向かってくっ付いていますからねえ。自分の内側だったり、すぐ目の前に転がっている様なものは意外と盲点になりがちなのです。
皆さんも何かを始めてみようと思った際には ”すでにある” という魔法の言葉を是非とも思い出して頂きたい。
執筆・撮影:関口純
(c)Rrose Sélavy