ものづくりの教科書 演劇小道具工房

演劇小道具工房/第15回 音が鳴ったり鳴らなかったり!仕掛けのある『呼び鈴(ベル)』の秘密を大公開

こんにちは、シンディこと大向しんじです。ここ『演劇小道具工房』ではお芝居で使える小道具のつくり方や、これまでに作ったアイテムたちなんかをご紹介します。

第15回のテーマは過去の小道具紹介! J.P.サルトル『出口なし』より 「呼び鈴(ベル)」です。

それは地獄の呼び鈴

今回ご紹介するのはこちらの「ベル」です。一見すると何の変哲もない呼び鈴ですね。

これは僕が昔制作した小道具で、J.P.サルトルの『出口なし』と言う戯曲の公演で使用しました。

この物語では3人の死者が地獄の一室に閉じ込められるのですが、その部屋の入り口に呼び鈴が設けられているのです。部屋から出られない3人にとって、そのベルは部屋の外にいる存在に意思を訴える唯一の手段というわけですね。

そしてこのベルにはちょっとしたヒミツがあります。“鳴る時”と“鳴らない時”があるのです。

鳴ったり鳴らなかったり… 厄介なベル

さっきまでは普通に鳴らすことができたのに、次の場面ではウンともスンとも鳴らず、壊れてしまったのかと思えばその後の場面ではまた鳴ったり……と、何とも厄介なベルなのです。登場人物にとってはもちろん、小道具部にとっても。

もちろんベルをリアルに鳴らすのではなく、音響さんに効果音を出してもらうという手もありますが、このときはお客様との距離感や会場の雰囲気的に本物が鳴った方が印象的だと思いました。

実際演出家さんもお稽古の初期段階から「ベルの音は本物で鳴らしたい」と言っており、そして同時に「……でも“鳴らない時”を「押すフリ」にはあまりしたくないんだよねぇ」と頭を抱えていたのです。

この“鳴らない時”、人によっては苛立って連打したり、不審に思ってガチャガチャ触ったりするので、そこがフリだと観ていてはっきりわかってしまいます。またそういった場面は動きも激しくなるので、フリのつもりがうっかり手が触れたり振動が伝わったりして、意図せず音が鳴ってしまう事故のリスクもあります。

ちなみにそのお芝居は1場もの(=場面の切り替わりがなく、オープニングからエンディングまでが1つのシーンになっている作品)なので、途中でベルをすり替えることは出来ません。

そしてある稽古終わり、僕は演出家さんから声を掛けられました。

「相談なんだけど……すり替えなしに、鳴るのと鳴らないのを使い分けられて、それをお客さんには気付かれず、ついでにうっかり鳴らしてしまうなど事故のリスクも少ない、そんなベルを作ることってできない? 」

ドラえもんですか。

あまりにも……あまりにも無茶な要求!

ようし、その無茶やってやろうじゃありませんか!

鳴らないベルの仕掛けはこちら!

というわけで、出来あがったのがこちらです。

いかがでしょう? どうやっているかお分かりになりますか?

それでは秘密の内側をご覧下さい!

実は上の部分のベルはダミー。中にクッションを噛ませただけなのでスイッチのバネなどはそのまま活きていますが、ここをいくら押しても音は鳴らないんです。

本当のベルはボックスの内部にあり、ダミーベルの横で「え? ワタシ箱に打たれている鋲ですけどなにか? 」みたいな顔しているのがスイッチです。

鳴らしたい時には、ダミーのスイッチを押すのと同時に、親指か小指で本物のスイッチも一緒に押します。これやってみると言葉で聞くより簡単です。よかったら皆さんもちょっとここで2つのスイッチを想像して、手を動かしてみてください。……いかがでしょう? 思った以上に簡単に使い分けられると思います。

本物よりダミーの方が当たりやすい位置にあるので押し間違いのリスクも最小限。本番で押し間違いの事故は一度も起きませんでした。

本番で設置されている様子

このベルの仕掛けを演出家さんがとても気に入って下さり、本番では終演後の出口付近でお客様が実際に押してみることも出来るようにしていました。

押してみたお客様が不思議そうに「やっぱり鳴らない……? 」と首を傾げているところに、立ち会いスタッフがベルを鳴らしてみせると皆さんびっくり! 間近で見ても初見だとなかなか気付かれにくいようです。

わかった上で見るとなんてことない仕掛けなんですが、物語を通して観たお客様には十分に不思議なアイテムとして映ったようで、制作者としては一安心でした。

仕掛けが必要な小道具

「出口なし」は様々な所で上演されているので、もしかしたらこれを読んでいるあなたもこれから携わる機会があるかもしれません。もしその時に「本物のベル音で、お客さんからバレなくて、事故も(以下略)……そんなベルないかなぁ~? 」なんていう演出家さんがいたら、ぜひこの仕掛けを進言してみて下さいね!

このベルに関わらず、小道具にちょっとしたギミックが求められる局面は儘あります。それはもう演出目線でも役者目線でもいろんな「こんなこと出来たらいいな」があるので、ミーティングで頭を抱えることも多いでしょう。

でも作るのはあくまでも『演劇小道具』。マジックショーではないのだから手品のように摩訶不思議である必要はありません。

大切なのはお客様に舞台の世界を楽しんでもらうことで、小道具のギミックはそのために(もしくはそれを効果的に届けるために)必要となるものです。極論、表現として成功していれば仕掛けがバレバレだっていいんです。

もしも「あんな小道具あったらいいな」「こんな演出できたらいいな」と小道具にギミックが欲しくなったら、ぜひ知恵を出し合ってみて下さい! もちろん中には「さすがに無理! 」ってこともありますが(その判断をするのもとても大事です)、いいアイディアが生まれればお客様により舞台を楽しんで頂けます!

ひょっとしたらその公演だけの、少し不思議なヒミツ小道具ができちゃうかもしれません!

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執筆:大向しんじ
(c)Rrose Sélavy

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