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【音楽レビュー/昭和アイドル歌謡編】斉藤由貴 ファーストアルバム『AXIA』

このアルバムとの出会いは“意外なキッカケ”から生まれました。

1985年の夏、斉藤由貴好きな又従兄弟に付き添い、中野サンプラザで催された彼女のコンサートに足を運んだ際、そこで武部聡志氏の弾くProphet-5(プロフェット5)に魅了されたわけです。

齋藤さんには申し訳ないのですが、ほぼProphet-5しか観てませんでした。耳も目も釘付けです。確か武部氏はProphet-5とD X7を使われていたかと思いますが、2階席から「Prophet弾け! Prophet弾け!」とただただ念じていたのが、まるで昨日のことのように思い出されます。

Prophet(プロフェット)の音

帰り際、抽選か何かで「AXIA」という名称のカセットテープを頂戴しました。確か、段ボール色の外箱に斉藤由貴が印刷された“斉藤由貴コンサート限定バージョン”だったのを覚えています。十代の少年的には、なんだかすごく得したような気がしました。

まあ、そんなこんなで、いろんな意味で満足度の高かったコンサートだったわけですが、帰宅するとProphet-5の音がまた聴きたくなるわけです。坂本龍一氏のそれとはまた違ったアイドルと親和性のある若干優しいProphetの音がそこにはありました。

というわけで、早速、近所のレコード店まで自転車を一走り(もしかしたら、実際は“歩き”だったかも・・・でも、イメージ的には“少年は自転車”なのです)させ、本アルバム(LPレコード)を購入したのでした。

子供の頃から音楽をやっていた“気難しがり屋の私”が、アイドルの曲だろうがなんだろうが、偏見なしに“音の使い方そのもの”で音楽を聴けるようになったのは、こうした経験に由来しているように思われます。前回、前々回に紹介した岡田有希子や伊藤つかさのアルバムもそうですが、優秀なミュージシャンの才能はジャンルに囚われません。

とは言え、そうしたアイドル歌謡での私のお目当てがProphet-5であったことは間違いありません。当時170万円もした、少年にとってはまさに夢のシンセサイザーでしたからねえ。この数年後、自分でも所有することになろうとは夢にも思いませんでした。

ところが人間面白いもので、さらにそこから10年後、ミレニアムをちょっと過ぎた頃、実際に女性タレントの作・編曲・プロデュースなんかをするようになっていた私がProphet-5を多用していたのか?と言えば答えはNO! 2台も所有しているにも拘らず、作業効率上、もっと便利な機材を使っておったとさ。めでたしめで・・・たくないのですよ、やっぱり。

まあ、私の懺悔はこれぐらいにして、それでは今回のレビューです。

音楽レビュー

斉藤由貴 ファーストアルバム『AXIA』

1.卒業
作詞: 松本隆 作曲: 筒美京平

2.石鹸色の夏
作詞: 森雪之丞 作曲: 亀井登志夫

3.青春
作詞: 松本隆 作曲: 筒美京平 編曲: 松任谷正隆

4.フィナーレの風
作詞: 諸星冬子 作曲: 天野滋

5.AXIA 〜かなしいことり〜
作詞・作曲: 銀色夏生

6.白い炎
作詞: 森雪之丞 作曲: 玉置浩二

7.上級生
作詞: 田口俊 作曲: 松田良

8.手のひらの気球船
作詞: 田口俊 作曲: 亀井登志夫

9.感傷ロマンス
作詞: 諸星冬子 作曲: 天野滋

10.雨のロードショー
作詞: 来生えつこ 作曲: 来生たかお

全編曲: 武部聡志(特記を除く)

少年時代、初めて聴いた時に魅了されたのは5曲目、アルバムタイトル曲の「AXIA〜かなしいことり〜」。この曲は作詞・作曲がなんと!詩人の銀色夏生さん。編曲の効果も相まって、“シンプルだけど爽やかな情感を持つ楽曲”に仕上がっています。確か、曲名と同じ名前のカセットテープ(上記参照)のCM曲だったように記憶しています・・・もしかすると、そうしたイメージが重なっているのかもしれませんが、個人的には“夏の海辺で爽やかな風が気持ちいい”イメージ。正直、海なんて何十年も行ってませんけど(笑)ほら、あくまでもイメージだから。

で、もう1曲選べと言われれば、迷うことなく8曲目の「手のひらの気球船」となります。この曲もなかなかの名曲だと思いますが、何よりもProphet-5のブラス系音色が堪能できます。他の音色も美味です。

要するに、私がお勧めするこの時代の楽曲は、Prophet-5の使い方が上手な作品ということになるのかも知れません。また、「この時期の主要なメジャー作品の多くにProphet-5が使われていた」と言うこともできます。特にこの時期(80年代中盤)のいくつかの作品においては、D X7に代表されるような最新(当時)のデジタルシンセサイザーとProphet-5に代表されるようなアナログポリフォニックシンセサイザーのコンビネーションが“独特の美しい質感”を醸し出していたように思われます。

こうした傾向の質感は、アイドル歌謡史的には“ほんの一瞬の出会い”とでも言ったような短い時期に垣間見られたサウンドですが、シューマンがベートーベンの交響曲4番を「2人の北欧神話の巨人(3番「英雄」と5番「運命」の喩え)の間に挟まれたギリシアの乙女」と評したように“なかなかのもん”なのです。この後、 80年代後半になるとデジタルシンセサイザーやサンプリング系音源によるデジタル臭さ、“デジデジした音”が主流となっていきます。

ちなみに、この“デジデジした音”という表現は、90年代中頃、スタジオがお隣同士だった岡田徹さん(先日お亡くなりになったムーンライダーズのキーボーディスト)がウチのスタジオに遊びにいらした際、当時流行の某機材の音について語られた“喩え”で、その“語感”と言うか“響き”が妙に耳に残っていたこともあり、以降、私も“デジタル臭い音(否定形)”に対してそのような表現を用いるようになった次第で、当時のサウンドの特徴をよく表している表現だと思います。

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本作で、ほぼ全て(1曲以外)の編曲を担当されている武部聡志さんは、とても素晴らしい仕事をされていると思います。同時期のシングル「初恋」での爽やかテクノ系アレンジも見事でしたが、本作におけるアルバム全体でのサウンドプロデュースにおいても斉藤由貴さんの魅力を存分に引き出しているのではないでしょうか。実際のところは存じませんが、武部氏を起用されたプロデューサーなりディレクターなりも含めてのある種の“チーム力”を感じるのは私だけでしょうか? もちろん“歌姫”の表現力もです。

当時、口が裂けても決してお上手とは言えなかった『スケバン刑事』での斎藤氏の演技力ですが、本作を聴いていると、後に女優としてご活躍されるその“片鱗”を感じさせるに充分(若干、おまけ)な表現力(厳密に言えば“世界観の表現”)を示されているのではないでしょうか。

作曲家陣もいい仕事をされています。筒美京平氏による「卒業」に関しては、今さらここで言うまでもないのであえて触れませんでしたが、このデビューシングルも含め、2曲目「石鹸色の夏」や8曲目「手のひらの気球船」の亀井登志夫氏、5曲目「AXIA〜かなしいことり〜」の銀色夏生氏は特に素晴らしい仕事をされていると思います。

そろそろ夏の足音も聞こえ出して来ましたので、ここらで「AXIA〜かなしいことり〜」あたりで涼んでみるのも一興かと。

本アルバムは、岡田有希子『シンデレラ』と並んで、昭和アイドル歌謡における「2人の北欧神話の巨人の間に挟まれたギリシアの乙女」なのかも知れません。

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執筆・撮影:関口純
(c)Rrose Sélavy

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