2024年1月25日、Rrose Sélavy Music(ローズセラヴィミュージック)より「ルーシー・フラワーズ」の1st EP『MÄRCHEN(メルヘン)』がリリースされました。
作詞・作曲・編曲を担当した関口純氏へのロングインタビューをお届けします!
関口純 ロングインタビュー
ーー今回のシングル『MÄRCHEN』(Rrose Sélavy Music<以下、RSM>の記念すべきレーベル第一弾となるEP)がリリースされる経緯についてお聞かせください。
今回はRSMの立ち上げに際し、かねてより要望の多かった音楽劇『ルーシー・フラワーズは風に乗り、まだ見ぬ世界の扉を開けた』の中の楽曲(数十曲に及ぶ)からセレクトしようというのは最初から決めていました。
ただ、なんせ今とは全く異なる環境で制作された音源ということもあり、かつ2016年にレコーディングされていたりしまして、大元のファイル(音楽データ)が壊れていたりということもありまして・・・。
まあ、そんなことから、最初は全て録音し直そうかとも考えたのですが、その時の勢いみたいなものも捨てられないなあと・・・今、レコーディングに参加することが難しいメンバーの声も入っていますしね。
色々と天秤にかけて「あーでもない、こーでもない」と考えたあげく、結局、元の若干壊れかけ、しかも稽古の合間に劣悪な環境で録音した音声も含めて敢えてそのまま使おうと。とは言え、これをできる限り良い音にするにはどうしたものか?と。
で、またここで新たな問題が生まれてくる訳ですよ。音を良く(クリアに)すると、元々の音源のアラが目立つ。で、最終的には新たに録音したボーカルの一部や楽器の差し替え(再録音)、再ミックス作業等を経て出来る限りクリアな状態にした音源に、さらにもう一工程加えて敢えて劣化させるという(笑)ところが、この雰囲気がまんざら悪く無かったりしたのです。というか、僕が感じている時代の空気に合っていたと言うか・・・。
特に3曲目の『魔法の呪文』なんかは、若干、昔のラジオから聴こえてくる圧縮された感じの音で、最近あちこちで勃発している戦争のニュースとタブって聴こえたというか・・・イメージとしては、第三次世界大戦後の廃墟となった都市、瓦礫の中から半分だけその姿を覗かせる壊れかけのラジオ。そこから聴こえてくる一粒の希望の光の様な音楽。そういった音(イメージ)を彷彿させる音の圧縮加減というか・・・まあ、気分ですね。少なくとも、我が国においては戦後に見出される僅かな光よりも、戦争など無い明るい今を守り抜くことを切実に希求します。まあ、そんな訳で逆説的に“平和への祈り”がテーマとなっています。
ーールーシー・フラワーズというバンド名(ユニット名)の由来は?
もともとこれらの楽曲は、『ルーシー・フラワーズは風に乗り、まだ見ぬ世界の扉を開けた』という2016年に初演され、2019年までにシリーズ全22作が上演された音楽劇のための楽曲で、ルーシー・フラワーズというのは、その主人公であるルーとシーという姉妹の名前(タイトルにもあるフルネーム)をそのまま採用した訳で・・・それ以上のあまり深い意味はないのですが。
ーーそれでは各収録曲について教えてください。まず、『明日もハレルヤ!』についてはいかがでしょう?
この曲は音楽劇『ルーシー・フラワーズは風に乗り、まだ見ぬ世界の扉を開けた』のいわばテーマ曲みたいなもので、劇中でも最初に歌われるナンバーです。実はこの曲、原型は20年数年前に創った曲だったりします。要するに、そのまま放置されていた曲の再利用です(笑)
面白い話があって、どういう訳か劇場で限定販売されていたこの曲のCDがお土産だか仕送りだかでイスラエルに渡って(笑) で、現地の小さな女の子がとても気に入ってくれて、曲に合わせて歌ったり踊ったりしてくれたそうです。改めて音楽に国境はないんだなと。
録音に関して言えば、間奏やエンディングにシンセサイザーのソロが入りますが、これは元の録音にはありません。このパートに関しては、上演時に僕が毎回ソロ(気分次第の即興)を演奏するのが当初のお約束だったのですが、いつの間にか定番のフレーズが決まってきまして。ですから今回改めてレコーディングされたフレーズは、劇場でこの曲を聴いていたお客さんには定番のフレーズなんです。ちなみに、この音は70年代のヴィンテージ・シンセサイザーARP ODYSSEY(Original)を手弾きしてダビングされたものです。テープエコーはプラグインを使用していますが、ODYSSEY自体はKORG社が再発したものではなく、ARP社による当時のオリジナルを使用しています。この辺りの実機を使うというのもRSMレーベルの今後の方向づけというか、まあ、特徴だったりします。
ーー2曲目の『PASTA パスタ屋たまのテーマ 〜細く長く生きて〜』はいかがでしょう?
この曲は劇中に登場する架空のパスタ屋「たま」のテーマソングという体で歌われていた曲です。もともとは、知り合い(女優さん)が千葉のパスタ屋さんにお嫁に行きまして(笑)勝手に架空の宣伝ソングと申しましょうか・・・冗談で作曲、というか路上で即興で歌ったフレーズを元にして創った曲です。サビの「パスタ、パスタ〜」の部分ですね。
今回のレコーディングではサビ前のシンセが追加されています。オリジナルには無い部分ですね。で、この曲に関してはボーカルも新しくなっています。ミックスの最終段階で超アナログ的な手法で曲全体にBusComp(実機)を通しています。クリアさという観点から言えば若干劣化させていると言えなくもないのですが、その分、全体的に新旧の録音が馴染んだように思います。
ーーそれでは3曲目の『魔法の呪文』についてはいかがでしょう?
え〜、元々の録音にかなり問題があって、かなり頭を悩ませられた音源です。ただ、曲自体は結構好きだったりします。
オリジナルの録音には入っていないボコーダーの音声が追加されたり、ベースがMOOG社の名器MiniMoogの実機に差し替えられたりしています。やはりベースと言えばMiniMoog!文句ありません。ボコーダーはYMOの「TOKIO!」で有名なRoland社のヴィンテージ・ボコーダーVP330 VocoderPlusを使用しています。上演時は実際にこのボコーダーを演奏していました。また、オリジナルの録音には入っていないProphet-6のフレーズも追加されています。
ーーこれらの楽曲を貫くコンセプトみたいなものがありましたら教えてください。
もともと一つの音楽劇を構成する楽曲たちですから、何らかの共通した世界観みたいなものはあると思いますが、今回の文脈(音楽的な)で言えば、80年代前半型のテクノ歌謡といった感じでしょうか。僕はメルヘンテクノポップと呼んでいます。だからタイトルも『MÄRCHEN(メルヘン)』なんです。もちろん、この“MÄRCHEN”には短編という意味もあり、いわばこのシングル自体が“短編集”といった趣を持っています。まあ、そうした含みもあったりします。
ーー今回、過去の作品を改めてリリースするうえで意識されたことはありますか?
まあ、当たり前の話なのですが、“音質”の良し悪しと“音楽”の良し悪しは別物だと思うんです。
僕なんかが高校生の頃よく聴いていたのは、トスカニーニが指揮したベートーベンの5番とか、フルトベングラー指揮のバイロイト祝祭管弦楽団による第九とかだったりするのね。両方とも大昔のモノラル録音(笑)もちろん、カラヤン指揮ベルリンフィルのベートーベン全集なんかはその当時でもとっくの昔にデジタル録音されていて、CD屋さんに行くとクラシックコーナーの一番目立つ所に置いてあったりしていた訳なんだけれども、敢えて音質の悪い方を買ったりして。要するに、“音質”を買っていた訳じゃなくて“音楽”を買っていたのね。まあ、そういうことだと思うんですよ。
最近、配信世代の若い人がレコードとかCDを買う喜びみたいなものを感じているらしいんだけど、要するにそれは“所有する喜び”らしいのね。で、何を所有するのかと言えば、もちろんそれは“音質”じゃなくて“音楽”を所有する訳で・・・。
ポップスなんかでも音質的に言えばビートルズより最近のアイドルソングの方がよっぽど良かったりするじゃない? まあ、正確に言えば、この場合の“良い”は音質が“よりクリア”って意味だけど。だからと言ってクリアな方が音楽的に優れているという訳でも無い。言うまでも無いけど。
で、また厄介なのが、今、ビートルズが全員生きていたとして、同じ曲を今の技術でレコーディングし直したら、半世紀前に録音した物よりも確実に良いものが出来るのか?って言えば、必ずしもそうとは限らない訳ですよ。「な〜んだ」なんてことも充分あり得る訳で。結局、半世紀前の音源の方を聴き続けたりなんかしてね。無きにしもですよ(笑)
まあ、そんな訳でね、今回はレーベル第一弾!ということで、先にも話した通り、ルーシーの楽曲を最初にリリースするのは決まっていたんだけれども、新しい環境で、即ち、ちゃんとしたスタジオでゼロから録音し直すか?それとも7~8年前に劣悪な環境、かつ、稽古の合間の時間のない中で録音されたデータを出来る限りそのまま使用するか?ってのは結構悩みまして、結局、その時にしかない音、その時の空気みたいなものを作品に閉じ込めたかったので古い、しかも若干壊れていたデータをProToolsにインポートして、いくつか新たにダビングを施したり、一部、歌を撮り直したりなんかもして再ミックスした訳です。
ただ、すでにエフェクトがかかった状態で保存されている音声データも多く、ドラムのトラックなんかもステレオ(2チャンネル)でまとめられている状態だったり、かつ、どうしてもカットできないノイズなんかもあったりして、手を加えるにも限りがあったんです。だから、最新の“いわゆる良い音”にするにはなかなか難しいものがあるというか・・・ハッキリ言って不可能な訳ですよ。だから、今後リリースされる最新のスタジオ録音と比べると音質的にはどうしたって見劣り(聴き劣り?)しまう。まあ、そればっかりは致し方ないことなんですけど。
ただね、質感的に敢えて音質を劣化させた部分もあるぐらいなので、実際のところ「まあ、こんなものかなあ」と思ったりもしています。特に3曲目の『魔法の呪文』なんかは、ミックスのコンセプト自体が“瓦礫の下から半分だけ姿を覗かせる壊れかけのラジオから聞こえてくる一粒の光”ですからねえ(笑)それに、そもそも僕はHi-FiよりもLo-Fi志向の人ですから。だから、バカボンのパパ風に言えば「これで良いのだ!」といった感じですかね。
最新のクリアすぎる音質はどうも耳が疲れちゃって(笑)
だからプラグインだけで作った音源って、最初はノイズもなくてクリアなんで「良い音だなあ〜」なんて思ったりもするんですけど、そのうちなんか物足りなくなってきて、40年前のヴィンテージのアナログシンセサイザーなんかをダビングしたりして。クリアさという観点から言えば「綺麗な音を“あえて劣化”させてるっ!」てことになるんでしょうけれども(笑)
僕に言わせると“綺麗”と“美”はそもそも違うものなんで。デカダンス、要するに退廃美なんていうのが良い例ですね。そういったものに奥行きを感じる訳です。工場で生産されたばかりのプラスティックよりも長年使い込まれた木の質感、皮の質感みたいな。少なくとも僕はそっち派です。
音楽なんかでもローファイな質感ってなんとも魅力的ですよね。90年代に流行りましたけど。当時、スタジオがお隣同士だったムーンライダーズの岡田徹さんが「ローファイの極致!」とか言って、LATIN PLAYBOYSのCDを貸して下さったことがあったんだけど、なかなか良いもんですよ、うん。僕がアナログのシンセサイザーやエフェクターを好んで使うのもそのあたりと関係があるのかも。
お忙しい中、今日はありがとうございました!
ルーシー・フラワーズ『MÄRCHEN』は2024年1月25日より、各ストリーミングサービスにて配信中です。
『MÄRCHEN』詳細をチェック!
MÄRCHEN(メルヘン)/ルーシー・フラワーズ
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RSMお問い合わせフォーム執筆:編集部(インタビュアー:唯野)
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