タイトルに“ささやか”とは書いてみたものの、早速ここで一つお断りをしておかねばなるまい。
どうも我が国の酒呑みにおける“ささやかな贅沢”と言えば「今日はいつもの発泡酒をビールにしてみた!」といった感じの幾分、自虐要素を含んだ庶民感覚とでも申しましょうか、政府の経済的舵取り=不景気への皮肉を込めた小市民的“ミジメったらしい”表現とでも申しましょうか、まあ、いずれにしろそうしたレベルの話かと思われがちではありますが、そうした類の話に比べると今回は些か景気の良い話に思われるかも知れません。
ささやかな贅沢?
下手をすると「そもそも酒器なんて発想の何処に“ささやかさ”があるのか?」などと怒られそうな気すらしますが、経済だけにとどまらず精神的にも多分に不景気な社会だからこそ、せめて精神的な景気ぐらいは幾らか上げてみたいものではありませんか。
いわば風鈴ですよ。なかなか風情があって良いもんですよ。でもね、100円で売られている様な安物、あれはちょっといただけない。視覚的な物足りなさは言うに及ばず、何がダメかって言えばその“音”。西洋的思考で洗脳された近代(多分、明治以降)の日本人が“音”に対する感性が鈍化しているのはサウンドスケープの概念を持ち出すまでもなく自明の理。視覚偏重社会は精神を蝕む。全体的な人間性の回復には五感をフルに用いらなねばならない。
ここで小芝居を少々。
世間1「でもさ、酒器こそ“目(視覚)”で楽しむものじゃね?」
私「まあ、確かに。ただね、問題は“実際に音が鳴るかどうか?”ではないのですよ。“ダメな風鈴”の例えで言えば、仮に見栄えが優れていたとしても、音が鳴った途端に世界が閉じてしまう・・・私的にはそこが一番の問題」
結論から先に言うとしよう。私にとっての視覚的快楽(ここでは酒器のそれ)、良い酒器の条件とは、その延長を持つかどうか。言い換えれば、そうした“延長される世界”を“誘発”するか否か?
良い酒器は酒の味を引き立ててくれる。まあ、これは広く理解されることと思うが、こうしたことは“味覚”だけに限定されるものではない。“嗅覚”や“触覚”はもとより、その先に“音”を求めても良いし、なんなら“空間”を求めても良いのだ。精神的空間にまでその世界を延長するならば、現在に限らず過去や未来にタイプスリップしても良いわけだ。
“酒ありき”なのは言うまでもないが、酒器にはそうした可能性が溢れている。 自らの人生をデザインする為の相棒にもなりうるのだ。例えば、こうした文脈での江戸切子と百貨店の高級食器売り場に並ぶ商品としての江戸切子は、物は同じでもその在り方、いわば次元が異なるのだ。まあ、そうした違いを生み出す要因は、物そのものに内在する問題ではなく、私たち自身、こちら側の領域に属する問題ではあるのだが、だからといって物、造形側から“何らかの延長された世界”が“誘発される”といった点も無視することはできない。こうなると、もはや“美術”の領域となるわけだが、美術工芸品とはよく言ったもので、“良い酒器”とはまさにそうしたカテゴリーに属するものであることは間違いない。
必ずしも“高い” “安い“の問題とは限らない。かつて、うちの祖母が近所の瀬戸物屋で一個100円程度で購入してきた小さなコーヒーカップ。このコーヒーカップが我が家の客人の間で評判となり、ある日、とある親戚(なかなかの”目利き“とされている人物)が「是非、自分も欲しい」などと言うもんだから、気を良くした祖母、早速、近所の瀬戸物屋までお使いに。
祖母「この前、頂いた縦縞の小さなコーヒーカップ、100円のやつ、あれもう無いのかしら?」
瀬戸物屋「奥さん、あれ、もう100円なんかじゃとてもとても・・・あの人、自分の作ったものを置いて欲しいって言うんで置いてあげてたんだけど、あの後、賞をとって出世しちゃったもんだから、今じゃ、とてもあんな値段で買えるような人じゃないんですよ」
と、まあ、こんなこともある訳で、“良い物”と“値段”は必ずしも比例するとは限らないのだが、往々にして“良い物”は“高額”といった傾向があるのもまた事実。より正確に言えば、“良い物”が高額なのではなく、“良い物”という評価が確定、ないしは認定された物が市場において“高額”で取引されているということになるのだろう。まあ、もちろんこれも現状における社会的な評価、ないしは価値基準の賜物に過ぎないと言えなくも無いので、個人的には「子供(自分)の頃に修学旅行で絵付けした茶飲みが一番!」「我が子が幼稚園の時に創ってくれたカップが一番!」なんて価値観もそれぞれあって良いわけです。
まあ、そういった前提は承知の上で、やはりそれでも商品としての完成度と申しましょうか、まさに“餅は餅屋”と言った具合の社会的な交換、ないしは取引に値するだけの“個人の記憶や思い入れを前提としない物(商品)”というものが存在するのもこれまた事実。
一番愛する人が「出会ったあの日の姿は今何処?」などと往年の桂小金治も真っ青な名口調でご紹介したくなるような三段腹の古女房(失礼!)、もとい、着物がよく似合う体型の、いわば“和”を体現したような奥様であったとしても、お金を出して写真集を買うなら?・・・田中みなみか? 壇蜜か?はたまたお天気キャスターのお姉さんか? やはり手堅いところでグラビアアイドルか?
鼻を垂らした汚いガキ(失礼!)、もとい、鼻の粘膜が過敏な御子息、御令嬢を溺愛しながらも、リハウスのCMを観て「あんな娘がいたならなあ」などとついつい思ってしまうみたいな。
昨今のコンプライアンス(ブーム?)からすると些か問題のある例えではありそうですが、なんせこの方が分かり易いので。まあ、ここは一つ、吉本新喜劇でも観るような寛大さを持ってお読み頂ければこれ幸いかと。
冷酒に最適
そんなこんなで、今回ご紹介する酒器は「八角地炉利」。編集部からのリクエストでHARIOさんからご協賛いただきました。
実は数ヶ月前に送っていただいたのですが、「折角ならベストなタイミング(暑くなった頃)に紹介させていただこう」と初夏まで待っていたという次第でして。
これ、夏の冷酒に最高です! 真ん中のカップに氷を入れて酒を冷やすわけですけど、何が良いって、これだと氷が溶けたからといって酒と混ざることがないので、「“日本酒の水割り”一丁あがり!」なんて残念なことにならずに済むわけです。すなわち、日本酒本来の味を損ねることがないという点が先ず素晴らしい! そしてこの見た目。なんとも涼しげでこれからの季節にピッタリじゃないですか!
まるでガラスに内在された清涼感を引き出すかのようなこのフォルム、それはまるで一筋の光が“希望”という名の扉へと導くかの如く、私たちをその過酷な現実の束縛から解き放ち、いわば延長された涼しげな空間に誘いざな(いざな)うのだ。
今年の夏(2024年)、東京(だけに限りませんが)ではコロナの再流行と電力不足が懸念されておりますが、そんな時こそ、この酒器の出番です!
もしかすると、私たちは申し訳程度の“貧弱な想像力”から“偉大なる創造力”への転換を余儀なくされているのかも知れません。いわば一億総芸術家の時代。音楽も絵画も結構だが、創造力さえ発揮すれば“酒呑み”だって立派な芸術家たり得る。これ、実は“おうち酒場化(バカ)計画”の裏テーマ(むしろ本質)なり。
「今日はいつもの発泡酒をビールにしてみた!」的な“ささやかな贅沢”の尺度からすれば、些か高額商品の類であることは間違いなさそうである。とは言っても、「こんな高い物、とても手が出ない」といったようないわゆる超高額商品というわけでも無い。一般的なサラリーマン目線(懐事情)から鑑みるに、“趣味”にだったら普通に出せる、ないしは“出している”であろう金額である。あとは価値観の問題かと。
ところで、今回の撮影用に用意した日本酒は小西酒造さんの『碧冴えの澄みきり純米』。千円以下のお安い日本酒だが、夏向けの撮影用としては絵的にベストチョイス。青いボトルにその名前も相まって、なんとも涼しげ。そして、撮影時のお約束である“束の間の幸福”という名のお味み。
な、なんと、美味い! もちろん、酒器の効果(気分の盛り上がり、いわば高揚感によるプラシーボ効果)といった面も否定できないものの、口に含んだ瞬間感じる辛さの中に程よい甘味も感じられてなかなか良い感じ。それは全日本女子バレーのバックアタック攻撃を連想させる。センタープレーヤーの動きに目を奪われている隙に、それはまるでモーセが海を真っ二つに割ったかの如く中央後方から綺麗にアタックされてしまう感じ?
そうだ! バレーと言えば、パリオリンピックも来週から始まることですし、寿司? 焼き鳥? まあ、その辺りにこの日本酒でも合わせてバレー中継でも観戦するとしましょうかね?などと、世知辛い世の中から我が人生を取り戻すべく、この夏の“ささやかな愉しみ”かつ、“有意義な過ごし方”を妄想(私による私との会話、ないしはアポイントメント)する私。もちろん、そうした私の頭の中の絵面、その中心に八角地炉利があることは言うまでもない。
今後、この美しき八角地炉利の使用法については記事の中でも色々と試して行こうと考えている。ワインなんかにも良さそうだなと。以前、ドイツ在住経験のある超酒豪ヴァイオリニスト(数々の武勇伝をお持ちの女性。ちなみに旦那さんは下戸)の方から「赤ワインは冷やさないとか言うけど、“日本の夏”なんかだと冷蔵庫にでも入れないとちょっと・・・」というお話をお聞きしたことがある。もしかしたら、そんな時にこそ八角地炉利なんていう選択肢もあったりして。絵的にも悪くないんじゃない? なんせフォトジェニックだから。よーし、近いうちに試してみるとしよう!
八角地炉利・グラスセット
今回ご紹介したのは日本の耐熱ガラスメーカー「HARIO(ハリオ)」の「八角地炉利・グラスセット」。氷入れが別になっているので、お酒を薄めず保冷することが可能です。
価格は25300円。グラス2個がセットで、お家で愉しむお酒を美しく演出します。酒バカの自宅呑みを上品に盛り上げてくれる逸品です。
関口 純/音楽家&劇作・演出家
大衆社会という名の戦場で、その“住処”を鉄壁の要塞と化すことに情熱を注ぎ、かつ、“一人呑み”という名の作戦会議において“食”という名の世界地図を広げることを以ってして戦士の休息とする文士、またある時はミューズの女神に色目をつかいながらもバッカスの宮殿で音楽を奏でる宮廷楽士を下野して地上に舞い降りた吟遊詩人。
芸術を生業とする一家に生まれ、幼少よりピアノ、作曲、演出などを学ぶ。その後、日本テレビ音楽(株)顧問(サウンドプロデューサー&事業開発アドヴァイザー兼任)、楽劇座芸術監督、法政大学地域創造システム研究所特任研究員など。音楽から演劇、果ては研究活動に至るまで「止まれば死ぬ」を人生のコンセプトに“常に”吟遊詩人的人生の真っ最中。
※本文中の価格は希望小売価格・税込みです。
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